2009年01月02日

くらしと政治:/2 国策に翻弄され続け

福岡県小竹町=衆院福岡8区=の中村博文さん(57)一家と、岩手県奥州市=同岩手4区=の安倍(あんばい)信雄さん(75)一家の歴史をたどり、くらしを左右してきた政治の有り様を見つめ直す。 ◇増産から減反、米価は下落/炭鉱の閉山、親は町を出た  年の瀬迫る28日、会社員の中村さん一家が暮らす小竹町営住宅で、恒例の餅つきがあった。お年寄りの手ほどきを受けながら、中村さんが地域の子どもたちと一緒に杵(きね)を持ち、できたての餅を女性陣が丸めていく。
 約40年前に旧古河鉱業の目尾(しゃかのお)炭鉱が閉山し、働き手は町を出た。町営住宅では残された親世代の高齢化が進む。
 炭鉱は地方から多くの労働力を吸収し、戦後復興の原動力となった。中村さんの父も宮崎の農家からの出稼ぎで、母は朝鮮半島からの引き揚げ組。坑道は事故が絶えず「炭鉱では5人死なないと新聞記事にならん」とまで言われた。真っ黒になって帰ってくる父の姿を「格好ええなあ」と見つめながら育った。
 だが60年代、炭鉱は合理化の波にのまれる。石炭から石油へのエネルギー政策の転換で、筑豊の炭鉱は相次ぎ閉山。職を失った父は母と大阪に出た。
 中村さんは高校を卒業した後、一度は県外で就職したものの「長屋の人情が忘れられない」と、復興にあえぐ町に一人戻った。近くの住宅機器メーカーの職を見つけ、長屋の幼なじみと結婚して3人の子を育て上げた。
 現在はホーロー製キッチンの製造ラインを作業長として預かる。釉薬(ゆうやく)が簡単にはがれぬよう、丁寧さが求められる。ここ数年ベースアップがないが、人々の家庭の安らぎを支える仕事に誇りも感じてきた。今は「住宅ローン減税があっても、いま家を買う人がどんだけおるんか」と、来る年への不安が募る。
    ◇
 雪をかぶった畑を掘り返すと、頭より大きな白菜が現れた。「雪さ埋めると甘くなる。今夜は鍋にすんべか」。安倍さんが妻貞子さん(74)に話しかける。かつてはこの畑も水田だった。
 「おらのコメは日本一。そう信じて作ってきた。農薬も控え、自分で草を摘んで」。安倍さんは豊作を喜べない時代を嘆く。
 農家の三男に生まれ、食糧難の戦後、安倍家に婿入りした。当時の合言葉は「岩手県でコメを100万トン増産しよう」。収穫が終わり田植えが始まるまでは関東や中部の建設現場に出稼ぎにでた。耕運機を買って田を広げ、娘2人を進学させた。
 それが減反政策に変わり、政治に手のひらを返された思いがした。「田んぼは3年休めば、またコメができるようになるまで3年かかる。役人は机の上でしか農業を考えてねえ」。減反面積の割り当ては春先に決まり、買った肥料や種もみは無駄になる。工場に勤める娘婿も農家出身だが、継いでほしいとはとても言えない。
 農業の大規模化を図るため、農林水産省は営農組合の組織化を進める。安倍さんも体力の衰えを感じ、4年前から収穫作業を組合に委託している。だがその組合も高齢化し、市内では平均50代後半。新規就業者はほとんどいない。
 地元選出の小沢一郎民主党代表がかつて主導した細川連立政権でコメの輸入が一部自由化されたのは93年。今年秋、孫が通う中学校で給食に輸入の事故米使用疑惑が持ち上がった。地元役場は地産地消を奨励し、国はコメを作らせない。「農政おかしんでねえか」
    ◇
 再び福岡県小竹町。自治会役員でもある中村さんは例年、大みそかに仲間と地域を回り、1人暮らしのお年寄りの家を訪ねては、年越しそばを振る舞った。担い手の高齢化でそれが続けられなくなって4年目になる。
 無口な炭鉱労働者だった父はこの町に戻ることもなく、2年前亡くなった。大阪での再就職先は信用金庫の管理人。慣れないネクタイ姿を思い出し「今思えば、相当ストレスがあったんやろう」と思う。=つづく
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 ◇岩手県奥州市  盛岡市の南約60キロに位置する。06年に旧胆沢町など5市町村が合併して誕生した。田畑が市面積の2割以上を占める県内屈指のコメどころ。05年の国勢調査時点で人口は13万171人。高齢化率は県平均を上回る27・92%。
 ◇福岡県小竹町  福岡市の東約40キロ、筑豊地域の中央にあり、旧古河鉱業の目尾炭鉱(69年閉山)で栄えた。56年には財政再建団体に指定され、人口は60年代初頭の2万人がピーク。05年国勢調査では9253人で高齢化率は27・2%。
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中村家             主な出来事                安倍家
           1933                      信雄さん生まれる
             45 終戦、戦後の食糧難始まる
博文さん生まれる     51                      このころ信雄さん炭鉱で働く
             57 筑豊の出炭量戦後ピークに         信雄さん結婚
             59 三井三池闘争
             63                      次女早苗さん生まれる
炭鉱合理化で父大阪へ   67 コメの完全自給達成
             69 小沢氏衆院初当選、減反始まる
             70                      このころ信雄さん出稼ぎに
             71 減反政策が本格化
博文さん結婚       76 筑豊から炭鉱消える
長女生まれる       79 麻生氏衆院初当選
このころ妻パート開始   89 消費税スタート              早苗さん介護施設に就職
             92 トヨタ自動車九州操業、平成不況ピークに
             93 コメ不足で米価高騰、コメ輸入一部自由化
             94 村山連立内閣発足             早苗さん結婚
             96                      信雄さん年金前倒し受給
             97 消費税5%に               早苗さん第2子出産
次男就職       2002 平成不況終わる
             04                      稲刈りを営農組合に委託
長男起業         06 小沢氏、民主党代表に
             08 麻生首相誕生、世界同時不況        孫の学校で汚染米疑惑
毎日新聞
posted by ムムム at 09:21| 青森 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | 更新情報をチェックする
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